夢玄 和田範政

常陸太田の玄関口に位置する道の駅ひたちおおたで、こだわりの常陸秋そばを供する店「夢玄」。その店名には、店主・和田範政さんの「夢を持って美味いそばを作る」という志を冠している。
常陸秋そばが見出される昔より、そばの産地としてその名を馳せてきた旧水府村(現常陸太田市水府地区)。和田さんはそんな水府に生まれるも、一時は地元を離れていた。
「実はね、子供の頃はそばが大嫌いで。でも上京して、そばを食べてまるきり変わった。“俺が食べてたそばには程遠い!”って、離れてみて地元のそばの美味さに気が付いたよ。それから、そばを食べ歩くようになって、そば打ちも始めちゃった」
都内から茨城に戻ると更にそば好きが高じ、30代後半には素人そば打ちで段位も習得。
「自己流で、参考書は家に130冊はある。打ったそばの感想が聞きたくて、片っ端から人に食べさせてみたりしたよ」
その頃には腕を見込んで、そば打ち依頼が来るようになった。様々引き受けるうちに、今度は「農業法人でそばの生産をしないか」という話までも舞い込んできた。そば打ちも、そば作りも、やるからには手は抜かない。和田さんが中心になり立ち上げた「水府愛農会」が作る常陸秋そばは、多くのそば打ち好事家も愛用する。
「道の駅はいわば街の顔。これぞ常陸太田の誇る常陸秋そば!と胸を張って美味しいそばを出さなきゃ」
夢玄を訪れたなら、カウンター横の小さなそば打ち部屋を覗いてみてほしい。和田さんのそば愛を見ることが出来るだろう。

伊勢又米穀製粉株式会社 多賀野弘泰

名実ともに常陸秋そばの聖地・常陸太田市。かつて佐竹氏が居城した太田城跡の一角に立つ伊勢又米穀製粉は、創業90年来変わらず常陸太田を代表する製粉・製麺を生業としている。
三代目・多賀野弘泰社長曰く、「常陸秋そばといっても畑の状態で味に格差が出るのは当然です」。同社では常陸秋そば生産者をまわり、農地の把握や種子の管理から気を配る。
「美味しい常陸秋そばを届けるためには種子の管理がとても重要。当社では毎年、原料となる常陸秋そばの種子を購入し、契約農家さんには必ずそれを使って栽培してもらいます」
県外でも「常陸秋そば」は食べられるが、そんな今だからこそ多賀野社長は「茨城の‘故郷’のそばの味」にこだわるべきだと言う。
「常陸秋そばの魅力は、味良し、ねばり良し、香り良し。香りの甘さ、咀しゃくして飲み込んだ後の最後の、柔らかい甘味の余韻です。常陸太田は常陸秋そばの発祥地。だから、この土地が一番常陸秋そばの生育に合っている。地の物はその土地で味わう故の魅力がある」
伊勢又米穀製粉では、常陸秋そばの原種である“金砂郷在来種”の栽培へも独自に取り組む。常陸太田が誇る至高の味を守り、磨き、更に高みを目指す――それこそが使命だと、多賀野社長は示してくれた。

赤土のそば農家 岡崎武

常陸秋そばの故郷・旧金砂郷町赤土地区(現常陸太田市赤土町)。山間を抜ける風が夏から秋の香りに変わる頃、この一帯は真白い花で彩られる。
「そばの花が咲くこの景色を見るとホッとするね。ずっと変わらない、いくつになっても良いなと思える風景だよ」
そう語るのは、赤土のそば農家・岡崎武さん。岡崎さんは、常陸秋そばの「種子」を中心に栽培する。異品種と交雑しやすいそばは、その品質を守るために厳しい管理が必要。
赤土は種子農家が多く、言葉通り「常陸秋そばの生まれ故郷」なのだ。
「常陸秋そばが誕生して、この辺りはがらりと秋そば一色に変わった。金砂郷の中でも、赤土のそばは粒が大きくて張りが良く、製粉歩留まり(玄そばから挽けるそば粉の量)が特に良いね」
赤土のそばが良質と言われるのには、まず第一にその風土との相性がある。水はけが良い土壌、昼夜の寒暖差があり風がよく通る気候。山間部ゆえに傾斜地が多いのは農家にとって決して良い条件とは言えないが、これも常陸秋そばにとっては好適だ。
「そば好きだから色々食べてみるけど、やっぱり赤土のそばが一番美味い!って思うね。口に入れた時の舌触り、噛んだ時の歯ざわり、鼻に抜ける香りがたまらない」
――今度の休日は、常陸秋そばの故郷へ出かけてみてはいかがだろうか。

主催:茨城県

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